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help リーダーに追加 RSS V6   岡田准一

<<   作成日時 : 2009/01/14 18:00   >>

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岡田准一
TB引用

岡田 准一(おかだ じゅんいち、1980年11月18日 -)は、日本の俳優、声優、タレントであり、ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループV6のメンバー。

愛称は、じゅんじゅん、准くん、准ちゃん。

来歴
1995年 
日本テレビ系で、当時放送されていた『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』内のコーナー『ジャニーズ予備校』に応募し、合格する。
中学2年生の3学期に、ジャニーズ事務所に入所し、単身上京する。
11月1日、V6の一員として『MUSIC FOR THE PEOPLE』でデビューを果たす。(当時14歳・中学3年生)
ドラマ『Vの炎』で俳優デビューを果たす。
1996年 
4月、私立堀越高等学校に入学する。
1997年
ドラマ『D×D』でテレビドラマ初主演を果たす。
1999年 
3月、堀越高等学校を卒業する。(同級生は野波麻帆、新山千春など)
2002年
ドラマ『木更津キャッツアイ』で主演を務める。その後木更津キャッツアイは、『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』、『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』と2度映画化され、岡田の代表作となった。
2003年
『COSMIC RESCUE』で映画初出演を果たす。
『木更津キャッツアイ 日本シリーズ』で映画初主演を果たす。
2006年
12月、主演映画『花よりもなほ』(時代劇)での、岡田の演技が高く評価され『石原裕次郎新人賞』を受賞した。この賞は過去にオダギリジョーや木村拓哉、長瀬智也らが受賞している。
岡田は、下積み時代が長かったV6のリーダーである坂本昌行とは対照的に下積み時代が短く、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』でのオーディション後、わずか3ヵ月でV6のメンバーに抜擢される。そのため岡田がジャニーズJr.で活動していた事はあまり知られていない。また、岡田が初めて音楽番組に出演したのは、ジャニーズJr.として先輩のバックで踊った時ではなく、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にV6として出演したときである。


人物

家族

父親が運転する車の中で生まれた。そのため出生時刻が曖昧となっている。また、出生前、松本零士ファンの父親の影響で「零士」にすることになっていたが、祖母の「早死にする」という意見で「准一」と命名された。
両親は岡田が小学2年の時に離婚し、それ以来、祖母、母、姉と暮らしていた。母は実家でピアノ教室の指導者をしている。また、ママさんコーラスの指導者でもある。2歳年上でピアニストの姉は、絶対音感の持ち主。

俳優として・木更津キャッツアイとの出会い

1997年に『D×D』でテレビドラマ初主演を果たし、岡田は後にこのドラマがきっかけで、演技をすることが好きになったと語っている。
2002年に宮藤官九郎脚本のコメディードラマ『木更津キャッツアイ』で主演を務め、この作品の中で岡田はそれまでのアイドルとしてのイメージをブチ壊す、いわばヨゴレ役とも言える演技を披露し、従来のファンを驚かせた。また、この作品で見せた、タバコやビールをこよなく愛し、おまけにスケベという等身大の若者像は、女性ファンだけでなく同年代の男性の支持をも得る事になり、岡田自身の俳優としてのステータスを確立する事となった。また木更津キャッツアイは2度映画化され、岡田の代表作となった。
主演ドラマ『SP』では、アクションシーンが多いため、激しいアクションにも対応できる体にするために、主演が決定した1年前からスポーツジムに通いつめ、役作りを行っていた[1]。共演者によると、運動能力に優れ、車を飛び越えていくシーンをスタントマンや特殊撮影を使わずにこなしたとのこと[2]。

趣味・嗜好

趣味は、乗馬、ピアノの他に読書、歴史、映画鑑賞、音楽鑑賞、ロッククライミング、ギター、日曜大工など多種多様であり、日曜大工では、「木彫りの熊」を作って近所の子供にあげている。しかしその方法とは、何個か作っては「ご自由にどうぞ」と書いて近所の公園に放置し、自分の部屋の窓から誰が持っていくかを観察する、というもの。ちなみに、近所の子供は岡田が作っているということに気付いていて、実際に自宅マンションの下の階の子供に「今度僕にも作ってね」といわれたとのこと。
好きな外国人俳優は、イーサン・ホーク、デンゼル・ワシントン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、ラッセル・クロウなどである。特に、ポール・ニューマンについては、雑誌で永遠のスーパースターという形で紹介するほどであった。
歴史上の人物では、曹操孟徳が好きだと語っている。また将来の夢は、牧場を持つ事。その理由として、尊敬するラッセル・クロウが俳優業をやりつつ、牧場を経営している為であると語った[4]。
好きな歌手はMr.Children。大阪から東京に向かう新幹線の中で『CROSS ROAD』と『星になれたら』をずっとリピートして聴いていた。初めてギターでコピーした曲は『名もなき詩』。

特技・資格

反乱のボヤージュで競演した俳優の渡哲也の紹介で、時代劇のために乗馬を始める。その腕前は岡田が主演を務めた2005年のNHK新春ドラマ『大化改新』で披露された。
母親がピアノの先生であるため、小さい頃から中学入学頃まで本格的にピアノをやっていた。コンサートやテレビ番組などで披露されている。
中学時代はラグビー部に所属し、熱中していた。ポジションはスクラムハーフ。

交友関係

俳優の高橋一生とは堀越高校の同級生であり、一緒にドライブに行くほど仲が良いという。他にも、『木更津キャッツアイ』で共演した岡田義徳、塚本高史、佐藤隆太、櫻井翔とも仲が良く、佐藤隆太がベースをしているバンドに4人で見に行ったことがある。『フライ、ダディ、フライ』での共演をきっかけに金城一紀、須藤元気とも親しくなった。
堂本剛とは親友で、合宿所時代からの付き合いである。彼から常に「関西弁を忘れるな」と言われていたが、現在、普段の生活では関東弁で喋っている。これは以前ドラマ撮影時にアクセントで苦戦した経験からだが、ふとした時に関西訛りが出る事もあり、喋れない訳ではない。
お笑い芸人タカアンドトシの大ファン。2007年3月15日放送のVVV6のゲストとして彼らが出た時に、彼らのDVDを持ってきてサインを求めた。おまけに「タカアンドトシアンドジュン」として、トリオ漫才を一度だけテレビで披露した。タカアンドトシ曰く、「タイミングは良かった」とのこと。

V6の他メンバーとの関係

デビューからしばらくの間、V6メンバーは第2の家族だと考えていた。具体的には、坂本が父、長野が母、以下の3人が兄で、自分はその末っ子であるというもの。これは現在でも、当時を振り返る時に岡田の口からよく語られており、幼くして故郷を離れ、上京してきた当時の岡田にとって、家族を持つ事への憧れ、そしてメンバーがどれほど大きい存在だったかの現れであった。

その他のエピソード

突出したおでこが目立つ、日本人離れした顔立ちが特徴的であるとよく周囲から言われる。特におでこに基づき昔「でこっぱち」と呼ばれていた。今では「デコパ」と呼ばれている。(名づけたのは、V6のメンバーである三宅健。)
岡田自身の人生観を変えた出来事として、実家での阪神大震災の被災経験がよく挙げられる。
ジブリの鈴木プロデューサーが岡田のラジオ番組に出演したことから、「ゲド戦記」で主人公の王子アレン役(声優出演)を演じるきっかけとなった。
2006年7月17日放送、みのもんたの“さしのみ”では「20才になったらジャニーズ事務所をやめようと思っていた」と明かした。
おしゃれイズムで、「自分でもどうしてこの仕事を続けられているのか分からない」というくらい、小さい頃から目立つことが苦手で、「緊張するとよく吐きそうになっています」と語った。

出演

テレビドラマ

連続ドラマ
D×D(1997年7月 - 9月、日本テレビ系 ) - 木原虎之介 役
PU-PU-PU-(1998年10月 - 12月、TBS系) - 小峰和哉 役
新・俺たちの旅Ver.1999 - (1999年7月 - 9月、日本テレビ系) - 熊沢伸六 役
モナリザの微笑(2000年1月 - 3月、フジテレビ系) - 岡島卓郎 役
オヤジぃ。(2000年 10月 - 12月、TBS系) - 神崎正 役
木更津キャッツアイ(2002年1月 - 3月、TBS系) - 主演・田渕公平(ぶっさん) 役
恋愛偏差値 第一章・燃え尽きるまで(2002年7月、フジテレビ系) - リュージ 役
末っ子長男姉三人(2003年10月 - 12月、TBS系) - 柏倉一郎 役
タイガー&ドラゴン(2005年4月 - 6月、TBS系) - 主演・谷中竜二 役
SP 警視庁警備部警護課第四係(2007年11月3日 - フジテレビ系) - 主演・井上薫 役

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